桃夭学園どきどき日誌
第5話
……彼らにだけ苦労を掛けるわけにはいかない。 しかし、諦めることはよそうとあなたは思った。 あなたは走った、ひたすら走った、校則違反を承知でひたすら走り続けた。 ようやく久世君の背中を曲がり角の先に見つける。 「……でも」 同時に七条さんの姿もそこにはあった。 「俺は、七条先輩がモデルになるのが一番だと思います」 「うー……」 「大丈夫ですよ、信じてください」 「信……じる?」 「七条先輩が自分自身を……そして、あの女の子の気持ちを、です」 「……」 くるりと久世くんが振り向いて、あなたの方を見て、 「そうですよね?」 そう問いかけてきた。 「あ……」 七条さんが呟きを漏らす。
あなたは二人のそばまで近づき、じっと七条さんの瞳を見つめた。 「……」
はぁ、と七条さんがため息をついた。 「もう、仕方ないなあ。私でよければ……ほんっとうに良ければだけど……」
七条さんがそう言ってにっこり笑う。 「分かりました。モデル、やらさせていただきます」
とん、と七条さんは自分の胸を叩いた。
……やった! 「あ、待って。モデルをするにあたって、一つだけ条件があります。いいかな?」 ……条件? あなたは首を傾げつつ、その条件を尋ねた。 「あのね――」
七条さんの出した条件は、あなたにとっては何ら問題のないものだった。 「えぇ!? いや、ちょ、ちょっと待ってください七条先輩! それはその! 何かこう、ね!? ほら、多分リンゴとかレモンとかバナナとか置いた方がよっぽどマシだと思いますよ!?」 久世くんにとっては少し、難題だったかもしれないが。
・ 「かーさん、動くなってば!」 「櫻子様、だめです。膝がガクガクしてます―っ」 「ああ、ごめんっ……こ、こうかな?」 「うう、恥ずかしい……」
・ 「わぁ……」 三月三日委員会の小鼓である山科みことちゃんが目を輝かせて、あなたの描いた絵に見入っている。 「櫻子様も、久世せんぱいもすっごくお綺麗です!」 「あは、あはははは……やっぱり恥ずかしい」
顔を赤らめながら久世くんがため息をついていた。 曲輪桃を背景に、久世薫と七条櫻子が寄り添ったその絵を、あなたは描き上げたのだ。 「へー……かーさん、美化されすぎてねえ?」 「そ、そんなこと全然ないわよ、ね、ね!?」
それにしても、この絵は会心の出来だった。 ふと横を向くと、久世くんがどこか眩しそうに自分を見つめていた。 何だろう、と首を傾げると久世くんはこほんと咳払いして、言った。 「がんばって」 その瞬間、あなたは大切なことを理解した。 あなたは、絵が好きなのだ。 一生続けていきたいと、そう思うほどに絵を描くことが好きだったのだ。
あなたは次の連休に、実家に帰る算段を立てている。
いや。 本当のところ、どこでだって、いつだって、どんな状況でも、握った絵筆さえあれば、絵は描けるのだ。 久世くんの励ましに、あなたは微笑んだ。 ――がんばろう。 いつか胸を張って、自分は『がんばった』と言える日のために。 絵を描き続けようと思う。
あなたの物語はここで一度幕を閉じる。 次の『あなた』の物語は、既に『あなたがた』を待っているのだから。 ─つづく─ |